WOWOWのドラマ「TOKYO VICE」をギブアップ・・・ 冗長で”サスペンス”が弱い展開が残念

WOWOWのHPより

WOWOWの連続ドラマ「TOKYO VICE」は本放送で第3話まで、WOWOWオンデマンドでは第6話までが公開されています。

第1話を見ての感想は「『TOKYO VICE』のすごさと不思議さ」というタイトルでブログにも書いたのですが、第2話を見て、その「不思議さ」がますます強まって大いなる「違和感」となり、見るのがつらくなってきました。
そういうモヤモヤを抱えながらも見る価値がある展開が、この先に待ち構えているとはどうしても思えず・・・ 自分でも早すぎるのでは?と思いましたが、このドラマの視聴を第2話にて終了します。

以下、そのモヤモヤ感、違和感について詳しく書きます。
(番組の内容に触れています。すべて個人の勝手な感想です)

「生き残るのは誰だ?」と言われても・・・

まずは第2話のあらすじをWOWOWのHPから。

「東京の裏社会を追ったアメリカ人記者の実体験に基づくドラマ『TOKYO VICE』ーー
焼身自殺現場に遭遇してから数週間たった。
ジェイク(アンセル・エルゴート)は仕事量の多さに苦労し、上司から叱られてばかりでなかなか記事を載せてもらえない。下着泥棒のネタを追うことになったジェイクは、刑事の宮本(伊藤英明)から泥棒などいないと言われ、その言葉を信じて記事を書く。しかしそれは嘘の情報であった。
そんな中、サマンサ(レイチェル・ケラー)がジェイクを佐藤(笠松将)に紹介すると、意外にも2人は意気投合する」

いかがですか?

このドラマ、キャッチフレーズは「生き残るのは誰だ?巨匠マイケル・マンが全編オール日本ロケで描く、日米スター共演の超大作ドラマ・シリーズ!」です。
しかし第2話にしてこのあらすじ(実際、こんな感じでした)・・・ いつになれば「誰が生き残るのか」というサバイバルドラマになるのでしょう? というか誰かが死ぬような展開になるとは思えない、ゆったりした進行なのです。(これについては後でもう一度書きます)

あらかじめ確認しておくと、このドラマは「アメリカ人記者の実体験に基づく」とあるように、2009年に出版された「Tokyo Vice」という本を原作としています。その作者・ジェイク・エーデルスタインは実際に読売新聞に記者として雇われ12年間働いていて、その間の体験を「Tokyo Vice」に描いている、なのでドラマの中でジェイクが見ること、体験することは本当にあったことなのだ・・・ 
原作は読んでいませんが、そういうことのようです。

アンセル・エルゴート演じる主人公のジェイク

ただ、外国人の新人社会部記者が、本当にこんな感じなのだろうかと考えると、原作からドラマへ翻案される中で、ものすごく単純化され都合よくされているような気がします。
そもそも90年代バブル崩壊直後の日本、企業での上司のパワハラは当たり前、夜の街は女性蔑視的ないかがわしさにあふれている。そういう時代を外国人監督が今、描く意味は何なのか。

もう少し細かく見ていきます。(「ネタバレ」にご注意ください)

ツッコミどころが多すぎる

個人的に、「何じゃそれ?」と突っ込んでしまったシーン。
第2話の最初のほうに出てきます。

首都高を疾走するバイク。浜崎橋ジャンクションのあたりなので、カメラがゆっくりパンすると向こうに東京湾とレインボーブリッジが見えます。
そうしてカッコ良くバイクが走った末にある街角で止まります。ヘルメットを脱ぐと、ドライバーはレイチェル・ケラー演じるホステスのサマンサであることがわかります。

サマンサが訪れたのは不動産屋(!)。貸店舗の張り紙を見て店内に入り、物件を見たいと相談するのですが、店の人は「あの物件のオーナーはあなたには貸さないと思いますよ」と伝え、サマンサはがっかりする・・・という展開です。

あんなにカッコ良く登場して、行き先が不動産屋、しかも明確にその店に行く!と決めていたようなのに実際は飛び込みで、入ったところであっさり断られる。
要は演出が思わせぶり過ぎるのです。
たぶんサマンサが自分の店を持ちたいと思っていること、でも日本では外国人にとってそれが非常に困難であることを伝えようとしたのだと思うのですが、演出が過剰過ぎて冗長に感じてしまうのです。

第2話ではもっと奇妙(に思える)なストーリーがあります。

伊藤英明が演じる刑事・宮本

都内で起きている連続「下着泥棒事件」。その取材を任されたジェイクは、伊藤英明演じる宮本刑事に直当たりします。「外国人女性の口説き方を教えて成功したのだから自分を助けてくれ」と頼むと、宮本は「お前だけに教えるが、下着泥棒なんていない。あれは風で飛ばされただけなんだ」などと言い出します。

どう考えても適当な話なんですが、ジェイクは宮本を信じて記事化し、何とそれが彼の初めての記事として採用されるのです。(最終的にどのような記事だったかはドラマの中ではわかりません)

いやー、それはないでしょう。百歩譲ってジェイクがあっさり信じたのは、人が良いだけとして、「連続下着泥棒犯はいない、実は風で飛ばされただけ」という話を社会部としてウラを取らずに載せるなんて信じられません。
その後、「下着泥棒犯が逮捕された」という情報が入り、ジェイクは上司から罵倒されます。
まあ、訂正するのも恥ずかしい誤報ですよね。

で、この後ジェイクは再び警察署の前で宮本をつかまえます。
次の場面で2人は焼肉を食べていて、宮本が「ご馳走してくれたから今度は本当のことを教えてやる、何でも聞けよ」と言うのでジェイクは、取材を続けている“謎の会社”について尋ねるのですが、宮本はどうやら何も知らなさそう。そこでようやく見切りをつけ、支払いを宮本に押し付ける形でジェイクは店から姿を消します。

結局、思わせぶりな宮本は何ら使い物にならない、というのがわかったという話ですが、そうなるとジェイクと宮本の一連の関係って何だったんですかね? 一番最初にサマンサの店に行くきっかけとなった、そこだけですよね・・・

いや、そういう様々な人間関係を描きながら最大のクライマックスへ向かっていくというやり方はありますよ。でもそれぞれのエピソードがすごく「トホホ感」があって、「それはそれで良いシーンだったな」と思える部分が全くないのです、残念ながら。

一方でその後、事件発生の一報を聞いて駆けつけると建物の中でヤクザと警察が向かい合っているところに一人だけ潜り込むことができて、そこで渡辺謙演じる刑事の片桐と遭遇する・・・という都合のいい展開があったりして、肝心なところがご都合主義過ぎるんですよね。

まあそういう見ていてツラいというか居たたまれないシーンが続出する中で、それでも「本線」はすごいことになるから我慢して見続けよう、と思わせるような、“サスペンス”が圧倒的に不足しているのが、このドラマの最大の問題ではないでしょうか。

「TOKYO VICE」に欠けている(と感じた)もの

このドラマが放送されている日曜10時、ひとつ前には「邪神の天秤 公安分析班」というドラマが放送されていました(「なぜWOWOWのドラマは面白いのか 青木崇高主演『邪神の天秤 公安分析班』から考察する」参照)。
このドラマは次から次へと怪しい人物や組織が登場し、それぞれの回ごとに謎が提示され、クライマックスが作られていて、各回の最後で必ず思わぬことが起きて、次回が見たい・・・と思わせてくれました。

ミステリーでなくても、同じ枠の「いりびと~異邦人」というドラマは、日本画の世界を扱ったヒューマンドラマでしたが、こちらも人間関係のドロドロが思わぬ展開を見せ、この先どうなるかが毎回、気になってしまう良作でした。

それに対してこの「Tokyo Vice」は・・・ 
もちろん第1話の冒頭で、ジェイクと片桐がヤクザと対峙し、何らかの交渉をする、というシーンが紹介され、いずれそこへ向かっていくのだろうなとは思うのですが、一方でそれがクライマックスだとすると、大したことなさそうだな、というのが、この第2話までの展開で想像できてしまうのです。
ではそれ以外のクライマックスがあるのかというと、予測がつかない、それは良い意味で「予測不能」なのではなくて面白そうな未来が浮かばない・・・ということなのです。

警察の裏をかき続ける謎のテロ犯がいるわけでもなく、こんな人が出てきてこの先どうなってしまうんだろう?とかこんな謎が提示されて、どう解決するんだろう?とかいう期待がないのです。

ひとつひとつのエピソードが印象に残らない、一方で、全体の展開も先々に期待を抱かせない・・・ どうやら第3話以降もこうした課題が解消されそうもないと個人的に判断して、ここでギブアップすることとなりました。
せっかくおカネをかけてハリウッド監督が日本を撮ってくれた作品なので、本当に残念なのですが。

最後に改めてですが、以上はすべて個人的な感想です。