問題作にして大傑作 五十嵐律人「魔女の原罪」 街が抱える驚くべき秘密とは

これは大変な問題作です。五十嵐律人「魔女の原罪」。

何が問題かといって、現代社会における「魔女」とはどんな人たちなのか、その人たちがいかに理不尽に裁かれているのか(魔女裁判)、そして「魔女の原罪」というのは本当にあるのか?という問いを読者に突き付けてくるからです。

この問題を描く中で、作者は様々な「タブー」に踏み込んできます。主人公が住む街の真相がわかってくると、そこにあるのは日本社会最大の「タブー」とも言えるあの問題(ネタバレになるのでこんな言い方しかできなくて申し訳ありません)と相似した人間心理が見えてきます。

ただ、どう説明してもネタバレにつながってしまうのがこの作品の難しいところで・・・なので、多少のネタバレは許していただきつつ、内容を紹介していきたいと思います。

奇妙な学校のルール 二転三転する怒涛の展開

物語の舞台は鏡沢町。かつては「鏡沢ニュータウン」として栄えたものの、急激な人口流出により衰退。その後は町の懸命の誘致策によって、移住者を呼び込んで多少盛り返した・・・という日本各地にありそうな郊外の街です。

ただ冒頭から強烈に描かれるのは、主人公の和泉宏哉が通う鏡沢高校の異様さ。校則は一切なくて、「法律にさえ違反しなければ」どんな髪の色にしてもどんな服装でもいい、タピオカミルクティーを持ち込もうが、法律違反ではないからOK。
ただし、ひとたび法律に違反すれば全校集会で校長が名前と“罪状”を公表します。すべての教室には監視カメラが設置されて生徒たちを監視しているのです。

この奇妙な設定から、当初は学園ものであり、学校内で事件が起きてそこにこの鏡沢高校ならではのルールが関わってくる・・・みたいな展開を想像していました。
もちろん学校内でもいろいろなことが起きますが、実はその鏡沢高校がある鏡沢町自体が特殊な事情を抱えた特殊な街だったのです。

そして事件が起きる・・・その事件自体は本の帯にも書かれているからいいでしょう。「血が抜き取られた少女の死体」が見つかるのです。

ここから物語は急展開します。二転三転、伏線が次々回収され、真相がわかったと思ったものに実は別の真相があった・・・みたいな怒涛の展開が続きます。

すべてが伏線 そして「人間の原罪」をも問う

弁護士として独創的なリーガルミステリーを次々生み出してきた五十嵐さんの、アクロバティックでありながらロジカルな展開は、「こんな方向に行って大丈夫か?」と思わせておいて見事に収束させる繰り返しで、お見事!と言うしかありません。
前作の「幻告」が、タイムリープという奇想天外な設定でのリーガルミステリーで、そのあまりの緻密さゆえに、複雑すぎて混乱してしまうところがありましたが、本作は脱落する余地も与えず、最後までぐいぐい引っ張っていきます。

とにかく内容の説明が難しい作品ではありますが、前半に出てくるさまざまな事象・・・
和泉宏哉が人工透析の患者であること、古くからの住民と移住者たちとが異常なほど対立していること、弁護士だった佐瀬友則が教師になって鏡沢高校にやってきたこと、そして鏡沢高校の奇妙なルールまで、すべてがつながっていて、すべてに納得のいく説明がなされます。

一方で、事件の動機やそれが起きた背景には、理屈とか論理を超えた人間の心理、一見理解不能な心の動きがありました。まさにそれこそが「人間の原罪」とも言うべき現実。
タブーを恐れずそれを描き切った作者の熱意に敬意を表したいと思います。

ミステリーとしても完成度が高い本作、年間ランキングでも上位に入ってきてほしい傑作です。