一発逆転のカタルシスはないけれど・・・ 池井戸潤の新境地「ハヤブサ消防団」はミステリー小説なのか? 

自分的には評価が難しい作品でした。
池井戸潤の最新作「ハヤブサ消防団」(集英社)。

美しい自然に抱かれた過疎の地で放火とみられる火災が次々と起き、東京から移住した、主人公のミステリー作家が事件に巻き込まれていくストーリーです。
次から次へと思わぬ出来事が起き、どの人物も思わせぶりで怪しく見えてくる、物語を面白く読ませていく手腕はさすがなのですが、池井戸作品の最大の魅力であるアレ・・・ そう、一発逆転のカタルシスがないのです。

確かにこの作品にも、組織的な「悪」が登場します。それに対して、権力を持たない主人公ら「弱者」が正義のために戦う・・・のですが、半沢直樹シリーズのように、負け戦かと思われた瞬間に「こんな手があったのか!」と、そこまでの表裏、白と黒が引っくり返るような爽快感はありません。

むしろ今回、作者はそうした単純な図式になることを避け、「悪」の側と思われた一部の人の葛藤や生き様をも描こうとしたように思えます。そしてその部分の評価がなかなか難しいと感じた次第です。

連続放火なのに・・・警察は何やってるの?

東京での暮らしに見切りをつけ、亡き父の故郷であるハヤブサ地区に移り住んだミステリー作家の三馬太郎。
地元の人の誘いで居酒屋を訪れた太郎は、消防団に勧誘される。迷った末に入団を決意した太郎だったが、やがてのどかな集落でひそかに進行していた事件の存在を知る—。
連続放火事件に隠された真実とは?

物語の前半は、ハヤブサ地区に住み始めた三馬が、消防団への入団を通じ、田舎暮らしに馴染んでいく様子が描かれます。
比較的のんびりした展開の中で、突然火災が発生したり、あるいは住民の一人が謎の死を遂げたり、といった不穏な出来事が起きて緊迫感を保ち続けます。
やがて、こうした事件と、ある組織との関係が浮上し、それを独自に調べる三馬が危険な状況へと巻き込まれていくのです。

事件が次々起き、ミステリー作家がその謎に挑む、という点で言えば、広いジャンル分けとしてはミステリー小説なのでしょう。
ただし、明確な謎解きシーンがあるわけではなく、犯人と対峙するクライマックスも、どうも盛り上がりに欠けます。通常のミステリー小説のような、犯人当てを主眼としているわけではないのです。

物語の展開として、私が一番気になったのは、警察の存在感があまりにも薄いこと。
三馬が移住していた時点で、既に2つの不審火が起きており、消防団に入団して早々、3件目が発生します。
田舎町でこれだけ不審な火災が相次ぐ、しかも少し調べれば、そこにどうも共通点がありそうだ・・・ にもかかわらず警察が積極的に動いている様子はありません。

ちなみに「現住建造物等放火罪」の最高刑は死刑。殺人と同じくらいの重罪です。
それが疑われる事案が3件も続いていて、警察が本気で乗り出さないことは普通あり得ません。

もちろん、その辺の言い訳はされていて、それぞれ自然な発火の可能性もあって、放火とは判断されなかった・・・ということなのですが、結果的には放火だったわけで、それを見抜けないとしたら相当無能な警察です。
まあ、警察が無能だという設定ならそれでもいいんですが、さらに4件目、5件目と火災が続くと、さすがにやられ過ぎでしょう、と興ざめしてしまうのです。
そして小説自体にも冗長な印象を持ってしまいます。

警察が気が付かない何らかの事情があるとか、気づいても手を出せない事情がある、そこにアウトサイダーの三馬が素人だからこそ食い込むことができたんだ・・・というような展開であれば、もっとのめり込めたかもしれません。

「大和田常務」的悪役が登場しない・・・

物足りないと言えば、池井戸作品ではお馴染みの「悪役」が、やや弱いということもあります。
半沢直樹シリーズの大和田常務のような、個性の強い悪役がいてこそ、それを打ち倒したときのカタルシスが大きいわけですが・・・ 
今回、そうした悪役になり得る人物はいたはずなのですが、敢えて、なのか、その人物が前面に押し出されることはありませんでした。

物語の構成はさすがの緻密さで、主人公の移住生活も、田舎の風景と季節の移り変わりが美しく描かれている、消防団員を中心とした人々の交流も、どこかユーモラスで人間味があって引き込まれる、そして最後には、ある人物の知られざる哀しい人生と思わぬ人間関係が明らかになって・・・ 
というところで、非常にクオリティの高い小説であることは間違いありません。

池井戸さんが、企業系の小説から新たな境地へと足を踏み出そうとしている、その模索を始めた作品なのかと感じました。