「自分は悪くない・・・」 SNS社会の無責任さを厳しく問う朝倉秋成「俺ではない炎上」 古典的逃亡劇に作者が潜ませた“仕掛け”とは

全く身に覚えのない犯罪で犯人扱いされ、逃亡し続ける・・・ 古今東西、様々な映画やドラマ、小説で描かれた鉄板のストーリーです。

「俺ではない炎上」(双葉社)は、SNS時代における、この定番ストーリーにミステリーとしての仕掛けを施した浅倉秋成の注目作です。

「六人の嘘つきな大学生」が大ヒットしただけに、続くこの「俺ではない炎上」には非常に期待して読んだのですが、「六人のーー」とはかなり雰囲気を変えてきていて、作者の引き出しの多さを感じさせる作品でした。

イライラさせる主人公、でも逃げ足は速い

まずは、双葉社HPより、あらすじです。

外回り中の大帝ハウス大善支社営業部長・山縣泰介のもとに、支社長から緊急の電話が入った。
「とにかくすぐ戻れ。絶対に裏口から」
どうやら泰介が「女子大生殺害犯」であるとされて、すでに実名、写真付きでネットに素性が晒され、大炎上しているらしい。
Twitterで犯行を自慢していたようだが、そのアカウントが泰介のものであると誤認されてしまったのだ。
誤解はすぐに解けるだろうと楽観視していたが、当該アカウントは実に巧妙で、見れば見るほど泰介のものとしか思えず、誰一人として言い分を信じてくれない。
会社も、友人も、家族でさえも……。

ほんの数時間にして日本中の人間が敵になり、誰も彼もに追いかけられ、ともすると殺されそうになる中、泰介は必死の逃亡を続ける。

私が一番に思い出したのは、伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」ですかね。
冒頭で事件が起き、自分が犯人であることが日本全国に共有され、訳が分からないまま逃走する・・・

ただ、「ゴールデンスランバー」と違うのは、彼が犯人であると決めつけるのがSNS上の名もなき人たちであること。
合間合間に、そういうネット民たちの投稿が挟み込まれ、SNS時代ならではの「つるし上げ」構造が強調されていきます。

一方で、こうしたSNS全盛時代に全くついていけていないのが主人公の山縣泰介。
会社で要職に就き、部下には厳しく、自分はエリートであると自覚しているなかなか鼻持ちならない人物なのですが、ネットにはからきし弱い。
今どき、そんな人が出世できるのか?とも思ってしまうのですが、それゆえ初期対応を間違えまくって、どんどん窮地に追い込まれます。

ここが相当イライラさせられます。私の知人は、ここで離脱してしまいました。

ただ、ここを乗り越えると話は俄然、盛り上がってきます。
自称エリートの泰介は、日頃から体を鍛えていて、それゆえ警察の予想を超えて逃げ足が速い。
発見されそうなピンチを、機転を利かせて何とか逃れていきます。

並行して泰介の娘・夏実の独自行動、さらには「犯人」の投稿をリツイートし、結果的に大炎上させた住吉初羽馬と、謎の女性のコンビが泰介を捜索する模様も描かれ、ストーリーが加速していくのです。

そしてこの定番逃亡劇の中に作者は、ある仕掛けを潜ませています。

「六人の嘘つきな大学生」で次々と伏線を仕込みミスディレクションで読者を驚かせた、浅倉秋成ならではの仕掛けで、しかもそれが事件の重要なカギを握っていることが後でわかります。
恐らく真相がわかった瞬間、読者は混乱し、「え?何で?」と驚くでしょう。
このあたりはさすがのテクニックです。

ただ、「六人のーー」ではこうした仕掛けが2つも3つも仕込まれていて、それが読者を翻弄していくのですが、今作はちょっとそこが物足りない。期待値が上がり過ぎていたということですかね・・・

リツイートした人に責任はあるのか?

「自分は悪くない・・・」

誰もがそう主張する時代。この物語は、泰介の逃亡劇を通して、そういう言い訳に逃げ込む人たちの無責任さ・理不尽さを露わにしていきます。
(タイトルの「俺ではない炎上」という表現も恐らくその辺を踏まえたものではないでしょうか)

無実の罪で逃亡せざるを得なくなった泰介はもちろん「自分は悪くない」と心の中で叫び続けます。
その時点で彼は「自分は犯人じゃない」という意味でその言葉を使っているのですが、では本当の意味で彼は「悪くない」のか。
必ずしもそうではない、むしろ今回の事件で彼が濡れ衣のターゲットとなったのは理由があったのです。

一方で少しかわいそうなのは、前述の住吉初羽馬です。
彼は、遺体と見られる写真の投稿を、「警察に通報したほうがいいかも」とコメントをつけてリツイート、それがあっという間に拡散、「炎上」に近い状況になります。
それによって、投稿者の特定→山縣泰介「犯人確定」という流れになるのですが・・・

では、泰介が犯人として追われる身になったことに初羽馬がどれほど責任があるのか。彼としては「自分は悪くない」と反論したいところでしょう。
これは現在のSNS社会では、なかなか難しい問題のように思います。

というわけで、本作は単なるミステリーというだけではなく、SNS社会に対する問題提起をテーマとしているわけですが、上に書いたように、ネットユーザーたちに顕著に表れる「自分は悪くない」理論を少し強引に捉えているところがあります。
後半、ネットの書き込みを閲覧するある人物が、「みんな、『自分は悪くない』ってことしか呟いてない」と憤る場面があるのですが、その言葉もどうもピンと来ないところがあります。

全体としては読みごたえ十分のミステリーですが、主人公に共感しにくいところも含め、個人的には“不完全燃焼”感が残る一作でした。