警察内の暗闘描く「ブラッディ・ファミリー」と密室劇「観覧車は謎を乗せて」 「このミス」出身作家のミステリーを一気読み!

2022年6月4日

このところ、朝日新聞朝刊の土曜に掲載される「読書」欄を参考にして本を買っています。
今回、読んでみたのは松尾貴史さん(キッチュ)おすすめの文庫書下ろしミステリー2冊、深町秋生「ブラッディ・ファミリー」(新潮文庫)と朝永理人(ともながりと)「観覧車は謎を乗せて」(宝島社文庫)。
奇しくも、ともに「このミステリーがすごい」大賞の受賞者(朝永は優秀賞)です。

「このミステリーがすごい!」大賞 過去の受賞者はこちら

とはいっても作風は全くの別物。
「ブラッディ・ファミリー」は警察社会の暗闘・バイオレンスあり系、「観覧車は謎を乗せて」は密室劇・日常の謎系で、でもどちらも読み始めたら止まらない、あっという間に読み終えてしまう、とっても面白い2冊でした。

できるだけネタバレしない範囲で、この2冊の魅力をお伝えしていきたいと思います。

警察内に巣食う「化け物」をめぐって熾烈な闘争

まずは「ブラッディ・ファミリー」。出版社ホームページからあらすじを引用します。

女性刑事が命を絶った。
彼女を死に追いつめたのは、伊豆倉陽一。問題を起こし続ける不良警官だ。そして、陽一の父、伊豆倉知憲は警察庁長官の座を約束されたエリートだった。
愚直なまでに正義を貫く相馬美貴警視と、非合法な手段を辞さぬ“ドッグ・メーカー”黒滝誠治警部補。ふたりは監察として日本警察最大の禁忌に足を踏み入れてゆく――。
父と息子の血塗られた絆を描く、傑作警察小説。

まず、主人公たちが担う「監察」という仕事、これになじみがありません。それもそのはず、巷の事件に携わるのではなく、警察内の不祥事などを密かに捜査していく役割で、「警察の中の警察」とも言われる組織です。
ただ対象となるのは「捜査のプロ」を自負する連中ですから、バレないように調査するのも難しく、万が一気づかれようものなら容赦ない反撃を食らうという、もうものすごく大変な部署なわけです。

しかも今回、ターゲットとなる伊豆倉陽一は、父親が警察トップの警察庁長官候補であり、どんなに問題を起こしても、周囲が父親を忖度して隠ぺいしてしまうという取り扱いが「最大級」の要注意人物。
もしも彼を調べていることがわかるとあらゆるところから弾が飛んでくるという、最高難度のミッションなのです。 

様々な妨害に屈することなく調査を指揮していく相馬美貴、あらゆる手段を尽くして相手の弱みを握り、情報を得て本丸の外堀を埋めていく黒滝誠治。
しかしある時、黒滝の思わぬミスで、陽一が所属する公安・外事二課に内偵がバレてしまう・・・

そして明らかになる伊豆倉親子の真の姿。
父・知憲も息子・陽一も警察官という枠を超えた、「化け物」とでも言うべき存在だったのです。

異形の者たちを相手に呆然とする美貴。しかし・・・
彼らの上司は、もうひとりの「化け物」でした。警務部長の白幡一登(かずと)です。
情報収集のための宴会続きで常に二日酔い状態、電話をすれば、いるのは雀荘かゴルフ場という、およそ警察関係者らしからぬ人物ですが、そうした日頃の活動で作り上げた人脈を駆使して敵を陥れ、あるいは抱き込み、いつの間にか自分の立場を有利にしてしまう。

白幡の後ろ盾を得て「化け物」親子を追い詰めていく美貴と黒滝。
警察内の権力争いが、ここまでドロドロしているのか、有力者への忖度がここまで過剰なのか、疑問に思うところもいろいろありますが、そんなちょっとした瑕疵を補って余りあるパワフルな展開。裏切りアリ、敵の敵は味方という協力関係アリ、疾走感あふれるエンタメストーリーを楽しめる快作です。

井坂幸太郎を彷彿させる伏線回収術

さて続いては「観覧車は謎を乗せて」。
こちらもまずはあらすじから。

不意に停止した自然公園に立つ観覧車――そのゴンドラ内に閉じ込められた6組の乗客たち。
自分を殺した犯人がいかにしてゴンドラから脱出したか考えてほしいという幽霊、観覧車の最高地点から標的を狙撃してほしいと依頼された殺し屋、爆弾とともにゴンドラに乗せられ、解除コードを当ててみせるよう強制された男……。
それぞれの謎が解かれたとき、六つの密室劇が鮮やかに響き合う!

どうですか?
ミステリー好きはすごーくそそられるあらすじじゃないでしょうか。
そしておそらくその期待は裏切られません。

このあらすじでは6組の乗客のうち3組が紹介されていますが、残る3組にも大小それぞれの謎があり、観覧車が再び動き出すまでに、あるいは動き出した後に「解決編」を迎えます。

もっとも「六つの密室劇が鮮やかに響き合う」の部分は個人的に若干不満のところがあります。
6組のうちいくつかは確かに密接につながっているのですが、割と軽~く重なっているものもあり、さらには、私自身の理解力不足なのかもしれませんが、これは他の話とどうつながっているんだろう?といくら読んでも不明なものもあります。

いずれにせよ、恐らく一度読んだだけでは伏線を回収しきれず、正にキャッチコピー通り「二度読み必至」の本であることは間違いありません。

さらに言うと、それぞれの乗客をめぐる謎の提示と解決、互いのゴンドラのつながり、という個々の仕掛けとともに、この小説には全体として大きな仕掛けがあります。

素直に読んでいると、最終盤で、「ん?」「何で?」とそれまでの思い込みをひっくり返されてしまうような仕掛けです。
(ただし注意深く読んでいても恐らく気づけない、二度読みしてみても、「あー、これがそれか」とは思うものの、事前に正解に至るヒントはなさそうでした)

この仕掛け、これまでいろんな小説でも使われていて、パッと思いつくのは「本屋大賞」を受賞したほどの有名作品、そしてやや毛色は違うのですが、似たようなコンセプトの仕掛けは伊坂幸太郎さんの作品にもありました。

実はこの「観覧車は謎を乗せて」、すごく伊坂幸太郎さんっぽいのです。
恐らく作者の朝永理人さん、伊坂さんがものすごく好きなんじゃないでしょうか。文体や展開、さらには中で使われている観覧車のイラストなども、伊坂作品を彷彿とさせます。

殺し屋と「女子高生」という組み合わせとか、伏線の張り方と回収の仕方などなど、作者名を伏せて読んだら伊坂さんのものと勘違いしてしまうほどです。

多分、ここまでそっくりな作風を今後も続けていくつもりはないだろうと推測しますが、伊坂作品のエッセンスをうまく消化して、朝永さんのオリジナリティを積み上げていって、「このミス」の年間ランキング1位になるような、本屋大賞を獲得するような(伊坂さんは「ゴールデンスランバー」で両方を達成)ミステリー作家になってほしいと期待します。

Posted by ブラックバード