【祝!このミス1位】今年前半のNo1ミステリー 呉勝浩「爆弾」は私たちのエゴをえぐる問題小説にして最高のエンターテインメント

2022年12月6日

講談社BOOK倶楽部より

これはとんでもない小説だ・・・ 全体の3分の1くらいまで読み進めたところでそう確信しました。

呉勝浩さんの小説「爆弾」(講談社)。

2019年の「スワン」が大傑作だったので、新聞広告で新刊の発売を知り、その日うちに購入しました。
(余談ですが、有楽町の三省堂書店でこの本を探したところ、呉勝浩さんのサイン本が1冊だけ置かれていて、店員さんに「値段は同じですよね?」と確認したうえでゲットしました)

帯で「この作者は自身の最高傑作をどこまで更新してゆくのだろうか」とあるように、スワンを上回ると言っていい、素晴らしい本でした。
といっても、東京都内で爆弾が次々爆発する話であり、感動を覚える内容ではありません。むしろ誰もが抱える心の闇とか偏見、エゴみたいなところをえぐってきて、非常にいろいろなことを考えさせてくれる物語です。もちろんミステリーエンターテインメントとしても一級であり、一気に読み進んでしまう最高度のリーダビリティです。

年末のミステリーランキングでも、まずは「週刊文春ミステリーランキング」で4位。
個人的には全ランキング1位総なめであってもおかしくないと思っているこの「爆弾」、内容をご紹介していきます。
(「完全ネタバレ」はしていませんが、物語の展開をある程度紹介しているので、できるだけ予備知識なしで読みたい方はご注意ください)

密室での会話すべてが重要なヒントに?

まずは「爆弾」の大まかなストーリーです。

警視庁野方警察署の取調室でひとりの男が刑事と向き合っています。男は酒屋の自動販売機を蹴り、止めに来た店員を殴った疑いが持たれています。
この男、スズキタゴサクと名乗り(あくまで本名だと言い張ります)、おカネがないために店への弁償はできないが、刑事さんの役には立てると言い出します。
彼いわく、「自分には霊感があり、その霊感によれば5分後に秋葉原で何か事件が起きる」と刑事に伝えるのです。そして正にその時刻、秋葉原で爆発が起き、スズキは「私の霊感ではここから三度、次は1時間後に爆発します」と宣告します。

どう考えても爆弾犯としか思えないスズキは、自分には直近の記憶がないのだ、とか催眠術をかけられたのだ、とか言いながらどうでもいいことをしゃべり続けます。
ところがその話の中に、次の爆破時刻や場所を読み解くヒントが巧妙に隠されていて、全く油断することができません。

物語は大半が取調室という密室で進みます。
部屋にいるのは基本的に、スズキと警視庁捜査一課特殊犯捜査係(誘拐や人質事件に対応する部署で実際に存在するようです)の刑事2人、そして記録係を務める所轄署の若手刑事です。
スズキは刑事の「心の形」を当てるため、「九つの尻尾」というゲームをしようと持ち掛けます。爆破に関するヒントがほしい刑事は、その提案に乗ってスズキとの会話を続けていきます。

スズキのしゃべる言葉のどれがヒントなのか、そしてそれをどのように読み解くのか(刑事たちはそれを「クイズ」と称します)・・・
その駆け引きがスリリングで、延々と会話が続いているのを全集中で読み続けてしまいます。

そしてクイズに正解したはずなのに、それでも起きてしまう爆発。一体なぜ・・・
もうページをめくる手がとまりません。

スズキの言葉が問いかけるもの

何と言っても魅力は「予言者」スズキのキャラクター。
まったくつかみどころがなく、常に自分のことを卑下し、自分の境遇を嘆き、しかししゃべる言葉にはよどみがなく、様々な本を読んでいることをうかがわせ、実はかなり頭が良いことがわかります。
対峙する警察側は彼の話術に翻弄され、並行して次々爆弾が爆発することで追い詰められていきます。

彼が話す内容も、とりとめがないようで非常に深い意味を持っています。
「命は平等って、ほんとうですか?」
スズキは突然、刑事にこう問いかけます。
「きっとあらゆる場所で、あらゆる人が、いつもいつも、他人の命のランク付けにいそしんでいるんです」「わたしを無視して、わたしを相手にせず、わたしのほうを見ないことは、けっして法律違反じゃない」「だから、まあ、こう思うことにしたんです。わたしにとっても、彼らはどうでもいい人間だって」

この小説が問いかけているのは人間としては当たり前とも思えるエゴイズムです。
知らない人の痛みよりも知っている人の痛みが重要。
自分と関係のないものは無いことにする、関係のない人はいないのと同じ・・・

それに対してスズキは問いかけてきます。
だから自分の関係ないところで爆発しても知ったことじゃないでしょ?
「爆発したって、別によくないですか?」

化け物VS化け物の結末は?

ここからは若干ネタバレ気味になりますが・・・

物語は後半、スズキと特殊犯捜査係刑事の1対1の戦いとなります。
この刑事が、いわゆるミステリーの探偵役にあたり、「天然パーマの髪が爆発」した風貌といい変人感満載の言動といい、正にキレ者、スズキの言葉の裏に隠されたものを次々暴いていきます。
この一騎打ち、「天才VS天才」というより「化け物VS化け物」という感じで、後半、意外な事実が明かされていく展開は、これぞミステリーの醍醐味というところです。

敢えて言えば、この化け物のような悪の天才であるスズキが、それまで全く日の当たらない人生を歩んできたこと自体が不思議で、本来は裏社会で恐れられるような存在になっていてもおかしくないでしょうに、ずっと埋もれて不遇をかこっていたという設定だけが、納得いかない・・・ 
この小説にケチをつけるとしたらそんなことくらいしかない、そのくらい完璧な物語です。

これだけの大量の会話文を読ませる筆力といい、これだけの伏線を張って回収できる技術といい、作者・呉勝浩さんの才能には本当に驚かされるばかりです。

文春は惜しくも4位でしたが、「このミス」では1位を取ってほしい傑作「爆弾」、ぜひ皆さんも読んでみてください!

Posted by ブラックバード