父の跡を継いで暴力団を率いる娘の「覚醒」の物語 壮絶な抗争の10年を描く長浦京「プリンシパル」

血で血を洗う抗争、裏切りに次ぐ裏切り・・・

長浦京「プリンシパル」(新潮社)は終戦直後、父の死によって暴力団トップの座を不本意ながら引き継ぐことになってしまった一人の女性が、敵対勢力を次々と殲滅し、政界・経済界に影響を及ぼす巨大勢力へと組織を拡大させていく10年間を描いた作品です。

当初、忌み嫌っていたヤクザの世界にどっぷりとハマり、いつしか自分の組織を守るために命をかけるほどに変わっていく主人公の綾女。
次々訪れる修羅場、綾女がそれをどう乗り切っていくのか。

「このミステリーがすごい!2023年版」第5位、一気読み必至の長浦京「プリンシパル」を紹介していきます。

やられたらやり返す 血みどろ抗争劇の「主役」は

まず最初に。
この本は「プリンシパル」というタイトルで、表紙にはバレリーナが描かれていますが、バレエとは全く関係ありません。「プリンシパル」という言葉すら一度も出てきません。

荒廃した戦後日本で、「主役」として踊り続けた主人公の綾女(あやめ)をバレエのプリンシパルになぞらえたのでしょうが、彼女が踊るヤクザの世界は、たとえ戦後の混乱期であってもやはり裏社会です。表の主役はあくまで当時、日本を占領していたアメリカであり、彼らの間をうまく泳ぎ回りながら権力闘争を繰り広げた政治家たちです。

物語は終戦の日から始まり、現実の日本でいわゆる「55年体制」が確立された昭和30年で幕を閉じます(物語の中では自由国民党と日本民進党の二大保守勢力が合同し自由民進党が結党されたとなっています)。

冒頭は昭和20年8月15日、昭和天皇の玉音放送の場面。
父危篤の報を受け、絶縁状態だった綾女はやむなく実家へと戻ります。父は東京で一大勢力を誇る水嶽(みたけ)組の組長、水嶽玄太。

玄太は間もなく息を引き取り、誰が組の跡を継ぐのかが重大問題となります。
綾女には兄が3人いましたが、2人は出征中で、いつ帰国するかもわからない。残る次男は精神を病んで療養中で、とても跡を継げる状態ではない。
とりあえず綾女が継ぐしかない、いえ、私は絶対にいやです・・・と言っている最中にとんでもない事件が起きます。組長死去の機をとらえ、敵対勢力が水嶽組を急襲、綾女をかくまっていた家族も襲われ、残忍なやり方で殺されたり重傷を負います。

これがきっかけで綾女は組のトップに立つことを決意。(正確には水嶽商事という企業の会長兼社長代行に就任)
そしてここから、血みどろの抗争が始まるのです。

とにかく、やられたらやり返す。
歯向かう組はぶっ潰す。どんなに汚い手を使ってでも。
子供や老人、カタギがどうかも関係なく巻き込んで焼き討ちにしたりします。

綾女の作戦は成功し、水嶽商事は勢力を伸ばしていきますが、卑怯な手段も厭わないので、生き残った相手の家族や残党からは猛烈に恨まれます。
綾女への攻撃は絶えることが無く、ついに「ラスボス」が現れ、綾女は絶体絶命のピンチに。

果たして彼女はそれを乗り越えられるのか、乗り越えた先に何があるのか。
最後の1ページまでハラハラドキドキで、読み応え十分です。

「聖女か、悪女か、獣物か」の意味

ヤクザの組長の娘が、跡を継いで組長になる・・・というのだけ聞くと、どうしても「セーラー服と機関銃」を思い出してしまうんですが、この「プリンシパル」の世界はそんな甘っちょろいものではありません。

物語は一貫して綾女の視点で描かれるので、水嶽側が他の組を攻撃する様子は伝聞などで簡単に伝えられる一方、攻撃を受けるシーンは詳しく、何度も繰り返し描かれます。
いかにもヤクザという人たちが襲ってくるだけでなく、一般市民や子ども、長年付き合ってきた仕事相手が、突然銃を撃ってきたりする、本当に恐ろしいです。
油断していると声を上げてしまいそうです。

長浦京の作品は「アンダードッグス」以来ですが、あの作品もいつどこで誰が襲ってくるかわからない、誰も信じられない状況の中で、主人公が必死に生き抜こうとする物語でした。
「プリンシパル」と共通するのは、主人公は自分で自分のことがよくわかっていないが、周囲はその能力を見抜いていて思わぬ抜擢をされる、主人公は修羅場をくぐり抜けながら覚醒していく・・・というところでしょうか。

「プリンシパル」では意外な人物が「ラスボス」として登場し、綾女を徹底的に苦しめます。
残り30ページを切ってもまだ敗色濃厚な水嶽サイド。
一体、どう決着をつけるのだろうと思っていたら・・・

帯に書かれた「聖女か、悪女か、獣物(けだもの)か」という言葉が本当に胸に沁みます。

物語の比較的最初のほうから、「ヒロポン」常習者の綾女がその錠剤を入れておく容器として、ボンボニエールが何度も登場するのですが、そのボンボニエールがまさかクライマックスでこんなことになるとは・・・

単なるドンパチだけではなく、そんな伏線も各所に散りばめられ、騙し合い化かし合い、様々な駆け引きが盛り込まれた超エンタメ小説(少し人が死に過ぎるけど)、作者の長浦京の力量が炸裂した一作です。