一気読み必至!小川哲「君のクイズ」はクイズプレイヤーの思考が体感できる斬新なミステリー 「ママ、クリーニング小野寺よ」の謎は解けるか

これは面白い!

伊坂幸太郎さんが絶賛しているのと、クイズ番組をめぐるミステリーという内容そのものにも興味をひかれて購入した小川哲「君のクイズ」(朝日新聞出版)。大当たりでした。

「東大王」などでも活躍中のクイズプレイヤーたち、彼らはなぜ、問題を読み始めた途端に正解を口にできるのか?単に記憶量がすごいだけではなく、そこには様々なテクニックがある。
その思考回路と研ぎ澄まされた技術の秘密を惜しみなく披露し(現実のクイズプレイヤーたちが監修しているそうです)、最初に出された謎・・・正にクイズなわけですが、主人公がそれを何とか解き明かそうとする。

すべてがロジカル、すべてが伏線、殺人どころか、いわゆる犯罪というものが一切起きない(厳密にいえばヤラセ疑惑みたいなのはあるわけですが)、それでもそういう従来のミステリーとは全く違う謎解きの楽しさが味わえる、すばらしい作品でした。

なぜ一文字も読まれていないクイズに正解できたのか?

この小説、あらすじは比較的シンプルです。
なので冒頭部分だけ、ちょっと詳しく紹介しましょう。

「Q-1グランプリ」というテレビのクイズ番組、その決勝戦の場面から始まります。
対戦しているのは主人公の「僕」こと三島玲央(れお)と、本庄絆。
先に7問正解したほうが優勝で、現在は6-6、つまり次に正解したほうが優勝というしびれる状況です。

いよいよ出題。アナウンサーが問題を読もうとした瞬間・・・ 何を思ったのか、本庄絆が早押しボタンを押し、こんな言葉を口にします。

「ママ、クリーニング小野寺よ」。

何と言っても、この「ママ、クリーニング小野寺よ」が衝撃です。
山形県周辺の方々にはおなじみなんですね。クリーニングのチェーン店だそうです。
しかし一流クイズプレイヤーの三島ですら、その名前は知らなかった。

そして何と、最後の問題はこれが正解。
本庄絆が見事、優勝を飾る訳ですが・・・

どうしても納得がいかない三島は、クイズプレイヤーらしく、問題設定をしてその謎を解こうとします。
問題は34ページ目で提示されます。

「Q なぜ本庄絆は第1回『Q-1グランプリ』の最終問題において、一文字も読まれていないクイズに正答できたのか?」

謎解き過程は「へえ~」の連続

面白いのは三島がこの謎を解く過程です。

彼はいろんな人のところに話を聞き、様々な資料を調べるのですが、それは当初、あまり詳しく語られません。
そしていきなり謎解きに入るのです。
具体的には決勝戦の様子を録ったビデオを最初から見返していくのです。

これ以降、彼は外出しません。ただモニター画面の前に座って延々と考え続けるのです。
その中で、本庄絆の弟に聞いたことや、本庄絆が過去に出演したクイズ番組の内容を振り返り、少しずつ真相に迫っていきます。

決勝戦で出された問題は全部で16問。(最後の問題は読まれることなく、本庄絆が答えたわけですが)
その出題と回答シーンをひとつずつ振り返り、三島の人生のエピソードがそこに挟み込まれ、クイズプレイヤーがどのように答えを導いていくのか、途中まで複数の答えが可能性としてあった問題文の、どこで答えが一つに絞れるのか(それを「確定ポイント」と言うそうです)、なぜそれだけの知識がありながら間違えてしまうのか・・・ など、我々が想像もしたことがなかった、クイズプレイヤーたちの奥深い世界が次々と明らかにされていきます。

つまり、主人公はモニター画面の前から動かない、謎はかなり早くに提示されて、新たな事件が起きるわけでもない、しかもその謎がなかなか解かれない・・・ という一見地味で退屈な展開のはずが、とにかく「へえ」の連続で、三島の初恋から破局までのエピソードもクイズに密接に結びついていたりして、正に読んでいくにつれてページをめくるスピードが加速していく。そんな見事な構成になっています。

肝心の謎部分、なぜ本庄絆が、問題文をひと言も聞くことなく「ママ、クリーニング小野寺よ」という正解を答えられたのか、については、解明の経緯に少しでも触れると興趣をそぐ気がするので、何も書かないことにします。
ただ、決して「なあんだ」という結論にはなっていないことはお約束できます。

欲を言えば、クライマックスシーン、あるいはエピローグ部分にもう少しボリュームがあったら、この素晴らしい謎解き小説の余韻を味わえたのになあ、と。
少しあっさりしていて、それだけが少々残念でした。

ということで、自分の中には今年のミステリーのトップ3に入るくらいの傑作だと思うのですが、今のところまだそれほどの話題になっていないようです。
それでも作者の小川哲さん、相当の力量をお持ちの方と見受けられるので、今後さらなる傑作を世に出してくれることと期待したいと思います。

Posted by ブラックバード