【文春第1位】衝撃のどんでん返し 夕木春央「方舟」は本格ミステリー要素を詰め込んだ快作 不満と言えば・・・ 

2022年12月4日

衝撃の結末。犯人がわかってからこそ油断厳禁・・・ と、その「どんでん返し」の凄まじさが話題の夕木春央「方舟(はこぶね)」(講談社)。
この度の「週刊文春ミステリーベスト10」でも、見事、第1位に輝きました。

全体としてはクローズド・サークルの本格系ミステリーで、犯人当てが主眼であり、いわゆる名探偵と助手が事件を解決する・・・という王道の展開です。
閉じ込められた地下建築が水没していくので、タイムリミットが設定されていて、それまでに解決しなければ、というサスペンスもある。
そして最後の、犯人がわかってからの大どんでん返し。これは確かに「そう来たか!」と唸らされます。最後の1行が(悪い意味で)響きます。

年末のミステリー・ランキングで上位に入るのは必至の快作。
これもまたネタバレさせずに紹介するのが難しいのですが、がんばってみます。

「誰か一人を犠牲にすれば」という絶妙設定

まずは「方舟」のあらすじから。

9人のうち、死んでもいいのは、死ぬべきなのは誰か?

大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。
そんな矢先に殺人が起こった。
だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。
犯人以外の全員が、そう思った。

タイムリミットまでおよそ1週間。それまでに、僕らは殺人犯を見つけなければならない。

というあらすじなのですが、誰かが犠牲になれば脱出できるというのはどういうことか。

このくらいはバラしても大丈夫でしょうから明かしてしまうと、扉をふさいだ岩には、もともとこの建築を利用していた何者かによって鎖がまかれていて、巻き上げ機を使えばそれをひとつ下のフロアに落とすことができる。しかし巻き上げ機を操作したものは、落とした岩によってその空間に閉じ込められてしまう。脱出した人たちが助けを呼ぶよりも水没のほうが早いだろう・・・

ということで、巻き上げ機を操作する人物は死を覚悟するしかないという設定なのです。

この絶妙な設定が、物語を単なる謎解き以上の心理ゲームにしていきます。

というのも、「犯人を生贄にするしかない」というのは犯人以外、みんな思うところなのですが、では犯人を特定したときに、その人物が犠牲となることを受け入れてくれるのか。
何せ人を殺しているのです。「わかりました、私は罪を犯したので、償いとして犠牲になりましょう」なんて言うとは思えません。

つまり犯人がわかってからが修羅場なのだと誰もが認識している。でもそれを考えないようにしてタイムリミットまでの時間を過ごしているのです。

さて、ここで疑問が生まれます。
犯人が殺人を犯すのは、誰か1人が犠牲にならないと脱出できないと判明して以降です。
もしもバレたら、地上での犯罪とはまた違った意味での窮地に追いやられるのに、なぜ殺人などを犯したのか。

さらにそもそもの話で言うと、こんな閉鎖空間で、容疑者も絞られやすい、そんな状況下で何でわざわざ人を殺さないといけないのか。
これはクローズド・サークル物に常につきまとう問題です。

現実社会ではなかなか聞いたことのない展開で、良くも悪くも本格ミステリーの中だけに存在する状況でしょうか。

常々思う「クローズド・サークル」殺人の不思議

そして、私は常々思うのですが(「ミステリと言う勿れ」風)、こういう狭い空間で、限られた人数の中で、人を殺すなどという、恐らく人生最大の悪事を働いて平然としていられる、その人の死を聞いてショックを受けているふりすらできる・・・ そんな人、いるのでしょうか?

それこそ生まれながらの犯罪者、サイコパスですよね。

普通は探偵役が論理的に犯人を当てるより前に、不自然な行動をしたり、妙なことを口走ったりして、犯人以外の人にあっという間に見抜かれるんじゃないでしょうか。

なのに・・・ この物語でも、犯人は完璧に自分がそうであることを隠し通します。最後に名指しされるまで、非常に自然にふるまっています。
正に鋼のメンタルです。周りにいる古くからの友人、または家族は、その人がそんなサイコパスだとこれまで気づかなかったんでしょうか。

本格物というだけでなく、ミステリー全般に共通する謎です。

さてそういうことは置いといて、いよいよ解決編。犯人が判明してからの数ページ。
やはりここは仰天させられます。よくよく考えてみると矛盾もあるのだけど、それを超えて、やられた!という感覚がすごい。

そして最後の1行。
「イニシエーション・ラブ」みたいな、最後の1行でひっくり返すわけではなく、既にどんでん返しは起きているわけですが、その結果としての最後の1行が余韻として、ずしりとのしかかってきます。

素晴らしいエピローグだと思いました。

それでも今年のNo1ミステリーは・・・

不満と言えば、そのエンディングに至るまで、でしょうか。

本格物の常ですが、事件が起きた後の証拠探しや事情聴取が淡々と進む場面が多く、閉鎖空間であることも相まって、ページを繰る手が止まらない、というほどの勢いがつきません。で、謎解きがかなり最後の最後なので、このタイプの小説を読みなれていないと挫折するかもしれません。
その辺は東野圭吾とか、事件と事件の合間も息つかせない手練れと比べるともう少しかな、と思ってしまいました。

そういう意味では、文春ランキングでの圧倒的な1位は・・・ 個人的には、途中で全くゆるむことのなかった呉勝浩「爆弾」が依然として今年の断トツミステリーですね(文春では4位)。「このミス」に期待です。

Posted by ブラックバード