法廷ミステリーとタイムスリップSFのハイレベルな融合 五十嵐律人の「幻告」は超絶技巧の意欲作

よくまあこんな物語を考えたものだなあと思います。

弁護士でもあるミステリー作家、五十嵐律人さんの「幻告」(講談社)は、法廷ミステリーとタイムスリップを組み合わせた、非常にユニークな小説。

要は、誤った判断が下された裁判を、タイムスリップによってやり直し、正しい判決を導こうというものなのですが、この物語の面白いところは、正しい判決が下されたことで、被告や家族のその後の人生がさらに悪くなってしまう・・・というところにあります。

悩める登場人物たちはどのような解決策を見出すのか。

とにかく紹介し過ぎると、すぐネタバレになってしまうので非常に難しいのですが、がんばってお伝えしてみます。

過去を変えて裁判を変えたら未来が悪化する!?

まずはあらすじから。

裁判所書記官として働く宇久井傑(うぐいすぐる)。
ある日、法廷で意識を失って目覚めると、そこは五年前――父親が有罪判決を受けた裁判のさなかだった。
冤罪の可能性に気がついた傑は、タイムリープを繰り返しながら真相を探り始める。しかし、過去に影響を及ぼした分だけ、五年後の「今」が変容。親友を失い、さらに最悪の事態が傑を襲う。
未来を懸けたタイムリープの果てに、傑が導く真実とは。

そもそもですが、裁判所書記官である主人公の父親が実は冤罪で、なぜうまい具合に、タイムスリップしたらその裁判の第1回公判期日だった・・・などということが起きるのか、そこでご都合主義を感じてしまう人にはお勧めできません。
もう、そういうことになってるんです(笑)。

その後も主人公はタイムスリップを繰り返しますが、やがてその規則性に気づきます。
(一体、誰が規則を決めてるんだよ!笑)

この物語はしかし、タイムスリップの規則性のもとで、いかにして父の無罪を証明するのか、息子の奮闘を描く、という単純なものではありません。
主人公が過去を書き換えれば未来が大きく変わる、それも大抵悪化するというタイムトラベルもののお約束(スティーブン・キングの「11/22/63」はその究極でしたね)・・・
この物語では無罪になることで、より悲惨な未来が待っているという、大変なジレンマが突き付けられます。

どうするのか。

複雑すぎる時系列 それでも見事な着地

ここで作者は、もうひとつの仕掛けを持ってきます。そしてここからが読者にとっての正念場。
主人公がタイムスリップを繰り返す法廷ものというだけでもそこそこややこしいのに、この仕掛けによって物語はさらに複雑になります。時系列が混乱し、主人公が頭の中で展開する「推理」についていけなくなってきます。
Amazonのレビューなどを見てもこの辺で苦労した人が多かったようです。

でも結論から言うと、ここで完全に理解する必要はありません。
何だかよくわからないなぁと思いながら読み進めたとしても、その後に明かされる意外な事実には素直に驚くし、伏線が回収され思わぬ登場人物同士が結びつくところのカタルシスは、途中の複雑さを理解しきれていなくても十分味わうことができます。

と、言いながら私はどうしても気になったので、読了後、この複雑な時系列を表にしてみて、どの過去で起きたことがどの未来につながっているのか?などを確認し(かなりの時間がかかりました)、ようやく納得した次第です。

恐らく作者も、こういった表を作ってから書き始めた、あるいは書きながら作ったのかもしれませんが、読者としてできあがったストーリーをもとに表を作るのと、作者としてアイデアを文章にしながら辻褄を合わせていくのとは大違い。
本当に凄い才能だと思います。

こうした難解さと“ご都合主義的”設定から、一般的な評価は高くないかもしれませんが、ミステリー(しかも法廷もの)とSFを超絶技巧で融合させたハイブリット小説のクオリティは相当に高く、今後、さらなる傑作を期待せずにはいられません。