王道なのに古くない ”山下達郎的なもの”がすべて詰まった名アルバム「SOFTLY」

遅まきながら山下達郎のアルバム「SOFTLY」を聞いている。

6月発売のCDを9月になってようやく購入した。
6月に、いやせめて7月に買っておけば、今年の夏はもっと違っていたかもしれない、と激しく後悔している。

それでもとにかく買って良かった。すばらしいアルバムだ。

CDショップから流れる曲を聴いて衝動買い

地元の商店街に、年季の入ったCDショップがある。さすがにレコードは置いていないが、演歌・歌謡曲系のカセットは置いている。
今時CDを買う人がどれほどいるのか、実際、店内に人がいるのを見たことがなく、それでも続けていけているのは不思議だ。

で、このCDショップ、一応、最新の人気ミュージシャンのアルバムは最新のものを取り揃えていて、店の外のスピーカーで流している。
最近だと宇多田ヒカルの「BADモード」とか、小田和正「early summer 2022」とか。

そして先日、店の前を通りがかった時に流れていたのが、山下達郎だった。後からわかったが、その時の曲は、アルバム最後の曲、「REBORN」。

実はそれまでも、店の前を通ったときに、達郎の曲が流れているのは耳にしていた気がするが、そのまま流れていってしまった。でも、この「REBORN」はひっかかった。
迷うことなく店に入って・・・普通のCDショップのように、最新CDのコーナーとか、おすすめのコーナーとかある訳でもないので、自力で探すことは最初からあきらめ、カウンターの男性に聞く。

「今流れている山下達郎のCDください」

「これぞ達郎」 ”既聴感”があるのに楽しい

あとから思い返せば、それまで店の前で達郎の曲が流れていてもひっかからなかったのは、恐らく理由がある。
改めてこの「SOFTLY」を聞いてみると、どれもどこかで聞いたような曲なのだ。

ひとつは、ほとんどがタイアップ曲であるということ。

4曲目の「RECIPE」は、ドラマ「グランメゾン」の主題歌で、ドラマは欠かさず見ていたので、この曲もイントロが始まった瞬間、「あ、キムタクだ」という感じである。
映画「未来のミライ」用に作られた2曲、「ミライのテーマ」と「うたのきしゃ」は、映画を見たのだから多分、一度は聞いているはず。

そしてもうひとつ、どの曲も「ザ・達郎」とでも言うべき王道の達郎ソングで、それゆえどうしても昔の曲と重なってしまうのである。

例えば「CHEER UP! THE SUMMER」。これ、「高気圧ガール」ですよね?
いや、比べて聞くとだいぶ違うのだけど、「既視感」ならぬ「既聴感」は半端ない。

そしてどの曲も、「何だか聞いたことあるぞ」、みたいな感じを覚えるのである。
これは決して批判しているのではない。むしろ素晴らしいことだと思う。
「安心感」「安定感」というとちょっと言葉足らずの気がするが、「これぞ達郎」というのをファンは求めているのだから、その期待を崩さず、しかもそのクオリティが高い。それこそがこの「SOFTLY」のすごいところなのだ。

レアな「メッセージソング」が心に迫る

そういう王道かつ珠玉の15曲の中で、あえて言及するとすれば「Oppression Blues (弾圧のブルース)」だ。「Blues」というだけあって、達郎の曲の中では珍しくブルージーな曲だが、注目はその歌詞。

「君が生まれた 街の通りは 見る影もない
 今日もまた銃声が聞こえる 雨は降り続く」

明らかにロシアのウクライナ侵攻を念頭に置いたメッセージソングである。

山下達郎は「メッセージ・ソングは作らない」。Google検索すると、そんな記事が出てくらい、達郎はこの手のメッセージソングと結びついてこなかった。
実は2009年に「ミューズ」をリリースしたときに「かくも不安な時代に、心を少しでも前向きにと願う、メッセージソングです」と語ったりしているのだが、「前向きなメッセージソング」はアリだとしても、「反戦」とか「平和を願う」ようなメッセージソングはもしかしたら初めてなのではないか。

そういうレアな曲でありながら、まぎれもなく「達郎ソング」になっているのがさすがである。そして年齢を重ねた彼の歌声が、この哀しいメッセージソングに静かな力強さを与えている。

達郎と言えば、このアルバムリリースに合わせて、様々な媒体でインタビューに答え、その中でもテレビ朝日「関ジャム 完全燃SHOW」での超ロングインタビューが話題になった。

彼の音楽哲学、音楽愛、職人的な考え方、本音の本音が聞ける珍しい機会で非常に面白かったのだが、このアルバムは、そうした「達郎的なもの」がすべて詰まっている、名アルバムだと思う。