名演・怪演で見ごたえ十分の映画「エルヴィス」 すべては「アンチェインド・メロディ」への感動につながる

2022年7月19日

キング・オブ・ロックンロール。
エルヴィス・プレスリーの生涯を描いた映画「エルヴィス」を見てきました。2時間半を超える作品ですが、全く長さを感じさせないすばらしい映画でした。

エルヴィスを完コピしたオースティン・バトラーの好演、悪徳マネージャー、トム・パーカー大佐役のトム・ハンクスは怪演。
エルヴィスのファンでなくても、彼が生きていた頃を知らなくても、あまりにもドラマティックで哀しい人生に心を揺さぶられる、そんな映画です。
(今回はネタバレあります)

「エルヴィス」公式HPはこちら

知られざる黒人音楽との関係とバッシング

映画は前半、天才エルヴィス・プレスリーをパーカー大佐が見出し、スーパースターへと押し上げる過程を描いていきます。そこで重要な要素となるのが、エルヴィスと黒人音楽のかかわりです。

エルヴィスは少年時代、テネシー州メンフィスの黒人が多く住む地域で暮らし、黒人音楽を浴びるように聴いて育ちます。それにより、黒人のような音楽を黒人のように歌う、稀有な白人シンガーとして注目を集めます。

一般的には、彼の腰を振るような歌い方が、PTAや宗教団体から煽情的だと非難されたと言われていますが、この映画ではさらに「白人が黒人のように歌うこと」が、特に南部の保守的な政策・・・というよりも「人種隔離的な政策」と相容れずに大バッシングを受けたように描かれています。

エルヴィスはエルヴィスで、こうした批判を受けて悩んだ末に、メンフィスのビール・ストリート(ブルースの故郷といわれる)というところに逃げ込み、旧知のB.B.キングに相談したりします。そこで撮られたツーショット写真が出回って、また批判を浴び・・・
ということなんですが、このあたりの話がどこまで真実なのかは別として、エルヴィスが売れた後も、ルーツである黒人音楽へ回帰しようとしたことや、それをバッシングする強硬な勢力がいたこと、それらの描き方には製作者の(恐らくバズ・ラーマン監督の)強い意思が働いているように思えます。

全体としてこの映画ではエルヴィスを好意的に描いています(主人公なので当たり前と言えば当たり前なのですが)。
先の黒人音楽との関係でも、一部には、「白人による黒人音楽の搾取」の象徴と、エルヴィスをみなす論調も世の中にはあるようで、そこは実際には評価が分かれているところなのかもしれません。

また、後半では、兵役を経て映画俳優として生きようとしたエルヴィスが、失敗作続きで次第に追い込まれていく様子が描かれますが、彼の浪費癖が原因で手持ちの財産がほとんど残っていないという話は、会話の中で出てくるだけで、彼のダメっぷりはほとんど描かれません。

むしろパーカー大佐が押し付けてくる仕事を振り払って、どうすれば本来の「エルヴィス・プレスリー」を取り戻すことができるのか、その闘いが後半のメインテーマになっていて、エルヴィスは様々なしがらみを断ち切ろうとし、解放されるかと思ったその瞬間にまたも檻の中に連れ戻される・・・ 
そういうエルヴィスのやるせない人生が描かれていくのです。

大佐の言葉も伏線に? 本人の熱唱が泣ける

とはいえ、エルヴィスがラスベガスのホテルで始めたショー、これはパーカー大佐が私利私欲のためにホテル側と契約したものですが、ここでのパフォーマンスのすばらしさ・・・ オースティン・バトラーの鬼気迫る演技は、この映画の大きな見せどころであり全盛期のエルヴィスのカリスマ性をスクリーンの中に再現した、すさまじいものでした。
こんなショーを毎晩見せてくれたら、ほんとファンでなくても足を運びたくなりますよね。

ただ、この映画のすごいところは、こうしたオースティン・バトラーの名演をたっぷり見せた後、最後の最後で、本人の生前の歌唱映像を見せてくれたところです。
体調不良で歩くのも困難になっていた時期。座ったまま、ピアノの弾き語りで歌う「アンチェインド・メロディ」。
泣けます。

バズ・ラーマン監督は、この映像を大ラスに持ってくることから逆算して映画全体を構成したのではないかと疑ってしまうほど見事な演出です。

ホテルでのショーを繰り返すエルヴィスの姿を見ながら、パーカー大佐がつぶやく、「彼はファンからの愛を求め続けている、妻からの愛よりも」という言葉、ショーの合間や終了後にファンたちとキスをするエルヴィスの姿、ファンからの愛を求めファンを愛し続けたエルヴィス・・・ 
実は映画の中で積み上げてきたものが伏線となって、この「アンチェインド・メロディ」の歌詞につながっているように思えるのです。

「君はまだ僕のものかい? 君の愛が必要だ 君の愛が必要なんだ」

歌い終わって、幸せそうな表情を浮かべるエルヴィス。
号泣必至のシーンです。

そして映画はほどなくエンディング。
その冒頭で、私がエルヴィスの曲の中で密かに好きだった「Summer Kisses, Winter Tears」が流れたのもすごく嬉しかったです。いい映画でした。

映画

Posted by ブラックバード