なぜWOWOWのドラマは面白いのか 青木崇高主演「邪神の天秤 公安分析班」から考察する

「いりびと」「だから殺せなかった」 そして・・・
WOWOWのドラマが面白い。
去年11月に放送された、原田マハ原作の連続ドラマ「いりびと~異邦人」は、美しい夏の京都を舞台に、ひとりの若き天才画家と、その才能を見出した女性との交流を淡々と、しかしスリリングに描いた秀作でした。
高畑充希さん、松重豊さんら地上波でも引っ張りだこの役者たちが鬼気迫る演技を見せ、クオリティの高い番組になっていました。
さらにそのまま同じ時間帯で放送された「だから殺せなかった」。こちらは連続殺人事件をめぐるミステリドラマを玉木宏さん、渡部篤郎さん、萩原聖人さんといった芸達者が引き締め、しっかりした脚本で魅せてくれました。
WOWOWに加入してもう15年以上、最近ではもっぱらNetflixの海外ドラマ視聴が中心で、WOWOWから離れていたのですが、この2本で改めてその質を見直し、いよいよ同じ時間で始まった「邪神の天秤 公安分析班」を見始めたわけですが・・・
正直、地上波ドラマよりもはるかに面白い。もっと言えば、ネトフリが提供する日本オリジナルドラマよりも。
脚本、映像へのこだわり、俳優陣の演技力・・・ たぶん地上波やネトフリに比べてカネをかけているわけじゃない、むしろ少ないくらいでしょう。ただし時間はかけている気がします。脚本づくり、撮影、そして編集にも。
かっこ良く面白くするために製作者たちがじっくり取り組んでいる、その制作体制がこれだけの良作を生み出す背景にあるのだと思います。
さて、ドラマの内容をご紹介していくと・・・
そもそもですがこのドラマ、WOWOWで既に3シーズン放送されているクライムサスペンス「殺人分析班」シリーズのユニバース作品(世界観を共有する作品)なのだそうですが、自分はこの元シリーズを全く見ていません。
なので情報を元に書くと、「殺人分析班」のほうは、木村文乃さん演じる捜査一課の刑事が様々な事件に立ち向かう話。
彼女とコンビを組んで捜査に当たっていた、青木崇高さん演じる鷹野刑事が今作では主人公になっています。捜査一課から公安部に異動したばかりの鷹野刑事、勝手が違う公安の捜査に戸惑いながらも刑事捜査の経験を生かしながら、真相に近づいていきます。
ある夜に連続して起きた爆発事件と与党大物議員の殺害事件。
議員の遺体からは臓器が抜かれ、そばには心臓と羽根を載せた天秤、さらには「ヒエログリフ(古代エジプトの象形文字)」の刻まれた石板が残されていました。
やがて起きる第2の殺人。
謎の宗教団体や過激派組織が現れ、鷹野刑事が所属する「公安五課(架空の部署だそうです)」が、それぞれを捜査対象としながらその陰に潜む真犯人と事件の真相に迫っていくというストーリーです。
今、全10話中8話まで放送されたのですが、1話たりとも“緩み”がない。
次々と新しい人物が登場し、怪しい組織が現れ、真犯人にたどり着いたかと思うと別の事実が明らかになり・・・とにかく目が離せません。
「公安捜査」のリアリティ けれん味もたっぷり

自分的にとにかく面白いのが、あまり知られていない「公安捜査」を克明に描いていること。
一般には「刑事」と「公安」の違い自体が良くわからないところですが(自分は昔、若干調べたことがあって何となくわかります)、簡単に言えば「刑事」は事件が起きてから活動する、「公安」は事件が起きないよう活動する・・・ということです。
事件が起きないようにする活動とは、事件を起こしそうな組織や人物を監視するというのが基本ですね。このドラマでも宗教団体や過激派グループが捜査の対象となってきます。
ただし起きることは「殺人分析班」と同じように連続殺人事件なので、鷹野刑事は古巣の捜査一課的な捜査手法を持ち込もうとするし、捜査一課と公安との縄張り争い的なシーンも出てきます。
そういう訳で公安の捜査では、危険とみなした人物や組織を密かに見張るため、独特のやり方を行います。留守中の家に忍び込んだり、組織内に「S(スパイ、情報提供者)」を作ったりします。この「S」をめぐって様々なドラマが生まれます。
いざとなったら「捨て駒」にされる存在、しかし鷹野刑事はそんなにすっぱりとは割り切れず・・・
他にも尾行の仕方とか、元公安の刑事が監修しているだけあって、すごくリアリティが感じられます。
ただこの公安の活動、本当にリアルに描いてしまうと恐らくすごく地味になってしまいます。ですのでこの「邪神の天秤」ではドラマならではの「外連味(けれんみ)」もたっぷりで、それがものもすごく楽しいのです。
「マルタイ(監視対象者)」の留守宅に忍び込んでいると、思いのほか早くに本人が帰宅するとか、なぜか所轄署の警察官が訪ねてくるとか、お約束の「ハラハラ感」を提供してくれます。
「S」との情報受け渡し手段は往年のスパイ映画のよう、「S」が怪しまれ、組織から監視者を付けられている中で、どうやって「S」と接触するのか。
いろんなアイデアが提示されてドキドキしながら引き込まれてしまいます。
青木崇高という役者の魅力 支える俳優陣も素晴らしい

さらに注目なのは、「様式美」とでも言うべき俳優陣の所作。
暗い部屋で懐中電灯をかざしながら部屋を進んでいくときの姿勢、遠方の監視対象者を見守る時に使う「単眼鏡」を手で包み込むように持って目に当てる。
公安の人たちは本当にこういう姿勢でやってるのかなあ、と想像しながら見るわけですが、とりわけその所作が美しいのが青木崇高さん。
本当にかっこいい役者さんです。
並行して放送されている「鎌倉殿の13人」では、あの木曽義仲を演じていますが、そこでも男気のあるかっこいい役柄です。飄々として、でも内面は熱くて、ある意味保守的な公安のやり方に風穴を開けていく。
もちろん他の役者さんも個性豊かに演じています。
個人的には、ベテラン刑事役の小市慢太郎がいい味を出していて気になります。
五課の班長を演じる筒井道隆さんは、これも並行して放送されていた「ミステリと言う勿れ」での刑事役と役柄が完全にかぶっていて、不思議な気持ちで見てしまいますね。
彼らの演技が映える、緊張感ある映像もすばらしい。
制作陣が舞台裏を語る配信企画によれば、例えばロケ地を選ぶのにも相当こだわっていて、1970年前後の建築物が雰囲気としてはいい感じなのだそうです(耐震性などの問題で多くが取り壊されているので、より貴重なのだとか)。
ありふれた場所ではなく、「こんなところで?」と俳優が思うことで演技が変わってくる・・・ つまり監督が狙って生み出されている緊張感なのです。
こうした緊張感が、ドキドキ感が今の地上波ドラマに欠けているところだと思うんですよねぇ。
刑事ドラマはもはや定番化してしまい、事件発生から解決まで、意外な展開を作り出すのが難しくなっています。解決までにいろいろな困難が提示されるのですが、予想の範囲内だったり、「警察ってそこまでしないでしょ?」みたいな非現実的な展開だったりして、興ざめになることも少なくありません。
そういう意味では、「公安」という、同じ警察組織でありながらちょっと違う部署を舞台にして、公安ならではの「枷(かせ)」をはめることによって予想が付きにくい展開にしたのは、素晴らしいアイデアだったと思います。
この「公安分析班」は原作の麻見和史さんが、ドラマ放映を前提としてWOWOWと相談しながら書いていったのだそうです。
原作がテレビを想定して書かれたことが恐らく1回1回のテンションを高く維持し続ける要因になっているように思います。
それにしても改めて、これだけ手間をかけているWOWOWのドラマ制作予算ってどのくらいのものなのでしょう?
4月には渡辺謙さん主演・マイケル・マン監督でのオリジナルドラマも始まります。少なくとも出演陣は地上波並みかそれを超える豪華さと言っていいでしょう。
WOWOWの視聴料は月額2300円です。果たしてこれで持続可能なのでしょうか?(余計な心配ですかね)
何とかこのクオリティを持続して、日本のドラマを育てていってほしいと思います。
さて、完結まであと2話。
すべてを撮り終えて編集も終わったうえで、満を持しての放送のようなので、途中でブレることもなく、きれいな終わり方を見せてくれることと思います。
最終回が終わったら、また感想など書きたいと思います。